成績の上がる通信

2017年12月号 vol.2

基塾長の読書日記201710

2017年11月13日 08:01 by motosh51

「写真屋カフカ」第2巻 山川直人

山川直人のマンガは単にノスタルジックなだけではない独特のリアリズムを感じさせる。その理由のひとつは、背景の書き込みの圧倒的な質量だろう。人物たちの行動は、ありきたりでもなく不可思議でもなく。古くからある「泣かせ」マンガとは一線を画している。同じようなタイプのマンガに「深夜食堂」や「大阪ハムレット」などがあるが、画質という点で言っても、山川直人がピカイチだろう。愛読者はがきまで、作者本人が絵を書いていたりして「これは返送できない」と思ってしまう。

その最近作がこの「写真屋カフカ」。写真屋が「失われつつある」現在の風景を写真に撮ると、一瞬だけ過去の映像が見えてしまう。アメリカの推理ドラマで同様の趣旨のものがあったのも思い出す。(「コールドケース」)その第2巻。この巻は、なんだか歯切れが悪い。実はその歯切れの悪さがテーマに結びついている。それは戦争だ。かつての戦争体験をノスタルジックに描くと同時に、今近づいている戦争のイメージと重ねているからだ。

「雲をつかむ話」多和田葉子

多和田葉子は、私淑している作家の一人だ。私はこの人こそ次にノーベル文学賞を取る日本の作家だと思っている。前作の「献灯使」は、震災後を描いた独特のファンタジーだったが、今作では「犯罪者」についての話になっている。といっても、この作者のことだから、まっすぐ語られるわけではない。それこそ「雲をつかむ話」のように行ったり来たりする。しかし、その中で人間存在の根源について語られる。念頭には、共謀罪があったとは思われるが、恐怖と意志の関係を、妄想の中で深化していく作者の手つきは見事というほかはない。「ずれ」ていく文体がいつものように心地よい。

「太宰治の辞書」北村薫

北村薫は「日常の謎」の創始者とされている推理作家だ。デビュー作「空飛ぶ馬」から始まる「円紫さんと私」シリーズの最新作が文庫化された。

このシリーズは初めのうちは「私」が学園の中で出会う「日常の謎」を、落語家の円紫さんとともに解いていくというものだったが、途中から「書誌ミステリ」の趣となり、文学研究者や編集者となった「私」が、文学上の謎を解いていくものになっている。それが今回は太宰治がテーマになっているわけだ。特にその中でも「女学生」という作品について探求がなされる。「私」は、太宰治の作品は読んでいたものの「女学生」は読んでいなかった。私自身も同様に、有名どころや初期の作品は読んでいたが、「女学生」は読んだことがなかった。

ここでの一番の驚きは、太宰治の「女学生」がパラフィクションであることだった。パラフィクションというのは近年文学上の新しいテクニカルタームとして語られる言葉で、簡単に言うと「読者」が作品に加担する作風を指している。パラフィクションの以前にはメタフィクションがあり、これは作者が作品の中に取り込まれている「現実」と「虚構」が入れ替わる作品を指していた。それが進化してそこに「読者の意志」までが、創造性を発揮するというものである。

太宰治は、実在の女学生が送ってきた日記をもとにこの小説を書いた。ここまでならメタフィクションなのだが、この女学生はもともと太宰治の熱狂的なファンであったため、その日記自体が太宰治の影響下に書かれた太宰的なものだったので、ここに読者の加担が見られる。だから、私はこれはパラフィクションだと思った。さらに、それを北村薫が「私」を通じて読み込んでいく過程が描かれている。

作中「私」の旧友が「私」に本を渡すときに、若いときなら絶対返せよといったものだが、いまとなるとかつて自分が宝物のように思っていた本が友人の本棚にあるというのも悪くない、といった趣旨の文章があった。そうだよな。私も若いときは返してもらえないことを恐怖してあまり貸さなかった。実際そのうち何冊かは帰ってこなくて新しく買いなおすハメになったものだ。でも、確かに今はそう思わない。これが歳を取るということなのだと、嬉しい感慨があった。

なお、この本は「名張さかえ進学教室」で貸出をしているけれど、まだ誰も借りていない。

「ホワイトラビット」伊坂幸太郎

伊坂幸太郎も、ノーベル文学賞をとってもおかしくない作家だと思っている。伏線を張り巡らせてさいごに意外な結末が生じる作風だが、社会的な意識も高く随所にそれが見られて深い読後感につながっている。

今作は立てこもり犯の話だが、この作者の作品によく登場する泥棒探偵黒沢がメインを張って、トリックを弄する。さらに、作者の手つきでは叙述ミステリ的な要素も盛り込まれて、大きなトリックとなり、大きな謎となる。まあ、ちょっとだけそのトリックは途中でわかるのだけれど「本当に悪い人」は登場しない(こともない)ので、爽やかな読後感がある。ただしそこには「絶対的な悪」が存在することへの、作者の怒りも感じられた。

 

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