成績の上がる通信

2018年2月号 vol.5

塾長の読書日記201712

2018年01月18日 16:29 by motosh51
2018年01月18日 16:29 by motosh51

「深夜食堂 19」阿倍夜郎

 

こんなお店があったら毎日通ってしまう、と言ってた「深夜食堂」も早や19巻目。未だに面白いし泣けるが、私の状況は大きく変わった。

これを読み始めたころは、勤め人の塾教師だったので、だいたいこの店が開く深夜に帰宅していた。いまも塾は夜10時までやってるけど、すぐ帰れるのでそんなに遅くならない。

昔好きだったのに食べなくなったものも多い。この巻で言うと「卵かけごはん」とか「みそバターラーメン」とか。

この作品が泣けるのは作ったような劇的な内容ではなくて、ほんの些細なちょっと面白い話だからということもある。この巻では「ミックスフライ」の話が特に面白かった。前髪をいつも気にしている青年なんてのは、そこらにゴロゴロいる。電車の中なんかでも、そんなことしたって大して変わらん思うのに色々いじっている。しかし、そんな青年が本当に恋をしたら・・・。このラストのコマににんまり、そしてほろり。

「かがみの孤城」辻村深月

 

これほど使命感に燃えて小説を書く作家をほかに知らない。イジメを受けて辛かった生徒のころ、ミステリやマンガやゲームの新刊が出ることを楽しみに、辛い日々をやり過ごした、という経験が、自分もそのような小説を書きたいというところにつながっている。

作家自身の人生とも重なっていて、近ごろは大人の登場人物のものが多かったけれど、こちらは原点回帰の中学生たち。学校に行けなくて、部屋に閉じこもっている少女が、光る鏡に誘われて、孤城にやってくる。そこに集まったのはいずれもワケアリの中学生たち。というファンタジー仕立てなのだけれど、それだけに終わらないところが、このミステリ出身の直木賞作家の面目躍如たるところ。

一つ目の謎は、フリースクールの先生が出てくるあたりで分かったけれど、一つ目の謎を解決して満足している読者を裏切るもうひとつの謎。いや、謎がまだあることすら気づかないって。登場人物たちが現実世界で会えない理由と、フリースクールの先生がなにものなのかは分かったのだけれど、そもそもこの孤城ができた理由なんてのが、解決されるとは思わなかった。しかもそれがこの小説のテーマに深く関わっているのだからすごい。

生徒の一人も言っていたけれど、この小説はなにか賞を取るべきだ。泉鏡花賞あたりが順当だろうか。もしくは谷崎潤一郎賞か。確かにこの最新作は、作者の最高傑作かも知れない。この本は、当塾で貸出できます。

「スパイたちの遺産」ジョン・ル・カレ

まさか、イギリス諜報機関「サーカス」の物語がまた読めるとは。冷戦も終り、ベルリンの壁も遠にくずれた今となってはそれは歴史だ。それを色あせなく、人間の苦痛として描ききった大傑作だった。

あ、でも、いけない。少なくとも「寒い国から帰ってきたスパイ」と「ティンカー、テーラー、ソルジャー、スパイ」を読んでから読むべきだし、私はほかにも、「死者からかかってきた電話」とほかの「スマイリー三部作」も読んでいる。これまで、スマイリーが記録を「読む人」=「語り部」=「狂言回し」として活躍してきたが、ここでは、かつて「若いスパイ」と言われていた、ピーター・ギラムが老齢になって帰ってきて、かつてのスマイリーの役割を担う。そしてギラムもただの正義感、ただのプレイボーイだったわけではないことが分かる。

この小説では、ギラムの最初の苦痛について描かれる。それも、自らが作成して闇に葬られた「報告書」を読むということを通じて。ほぼ、ギラムがこれを読んでいるだけの小説で、それは「ティンカー」で、スマイリーが資料を読み続けることで「二重スパイ」をあぶり出したことを彷彿とさせる。

つまりはこれはジョン・ル・カレによる「スパイ」および「スパイ小説」への鎮魂歌でもあるのだ。最後の方で、「ティンカー」の主人公も、スマイリーも出てくるが、彼らが冷戦時代と同じ生活を送っていることが、悲しくもあり、永遠性も感じさせる。

「ティンカー」以外は、実は古書店に売ってしまっている。ブコフか図書館で、もう一度漁ろうか。ギラムのようになるべく無表情で過去と向き合うために。

 蛇足だけれど「ティンカー」を映画化した「裏切りのサーカス」は、雰囲気はあるけれど、描き方が良くないので余りオススメできない。

「仮面物語」山尾悠子

 以前持っていたのだから読んでいるはずなのだけれど、全然覚えていなくて今回どこかの図書館放出本で読んだ。架空の都市を舞台にした幻想小説だが、人間の真実の姿とは何かをテーマにしている硬質な文体の小説。四十年近く前に書かれたものだが、現代のAIの普及に伴う問題につながるテーマとなっている。ヒトとヒトでないものの境界線は何か。真実の顔を見ることを恐れて仮面をかぶる人々の姿は、マスコミやネットに踊らされている現代人にも通じるものがある。

 この本は塾で貸出しています。一般の方への貸出も無料です。ただし登録手数料100円と身分証明書が必要です。お気軽にお問い合わせください。0595-51-6724

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